イタリア在住17年目の日本人ソムリエの目線から、今回は北イタリアのレストランという、実際のシャンパーニュのサービスの現場から個人的な経験を交えて記してみたい。
私がソムリエとしての礎を築いたレストラン「マルケージ」、飛躍するステージとなった「トラサルディ」、経験と応用力を養った「ダル・ペスカトーレ」、これら三つのレストランは、いずれも所謂ファインダイニング、すなわち高級料理を提供する場所だ。となると、イタリア人の自慢のスプマンテと共に、当然シャンパーニュの占める割合がワインリストの中で高くなる。
イタリアを代表する泡、フランチャコルタの枢軸に位置するマルケージですら、ワインリストに沢山のシャンパーニュの名が並ぶ。まだソムリエとしての経験の乏しい時代、私はシャンパーニュを楽しむイタリア人の自由度の高さに感心することがあった。それはボランジェの80年代のR.D.を開けた時のことだった。飲み手のリクエストでデキャンタージュ、その後、氷の上で温度調整しながら16度前後を保ちながらサービングした。グラスは大きく丸みを帯びたブルゴーニュグラスで、芳香を楽しみながらゆっくりと楽しむ。
イタリア人は各々、朝一杯のカプチーノを飲むにも「ガラスの器に入れて」「温度は高過ぎなく」とか「カプチーノだけれど泡は少なめ」とか細かく注文するが、同様にワインに関しても、飲み手が自由に意志を伝えてくれる。ボトルを開け、注ぐのはソムリエだが、それを受けるゲストがどのような心でそれをリクエストしているのか、ソムリエ任せではなく、相互のコミュニケーションをとりながらのサービスとなる。
トラサルディではロゼの思い出がある。クリュッグのロゼが大好きなお客様に出会い、その方の為に一年で5本くらい開けた。自分がワインリストを作ったのは初めてだったので、リピーターを持つのは嬉しいものだ。一方、ジャック・セロスのロゼに関しては、その独特な色味とゆったりした泡のたちかたのせいか、イタリア人には受け入れられないこともあり、
「ペルラージュが悪い。不良品なのではないか。」
というクレームを2度ほど受けたことがある。ちなみに、このペルラージュ(Perlage)というワイン用語はイタリア語で泡の立ち方を意味するが、語源はスプマンテの小さな泡粒が輝きを放ちながら立ち昇る様をパールの首飾りに見立てたことに由来し、大変美しい響きを持つ。
ダル・ペスカトーレ時代は、クリュッグの中でも単一ぶどう品種、ピノ・ノワールの真髄を余すところなく表現したと言われるクロ・ダンボネを開けた時のことが印象的だ。シャンパーニュのリストの上でも特に高額であったこともあり、そんなに頻繁に開ける機会があるわけではない。95年のヴィンテージ初リリースの時は、36本のみイタリアへやってきたが、そのうちの一本をペスカトーレが購入し、光栄にも自分がサービスする機会を得た。イタリア人男性のお客様2名で
「今日は良いワインを飲もう」
とクロ・ダンボネを楽しむ姿は微笑ましく、羨ましく、優しい思い出として自分の中に残っている。
フランスで活躍する日本人ソムリエの方とお話しすればきっと、自分とはまた一味違うシャンパーニュの思い出話が聞けることだろう。そして、それぞれのシャンパーニュ愛好家の胸の中にも、一本のボトルにまつわる鮮やかなエピソードがあるに違いない。