お国自慢のイタリア人は、色の紅白を問わず、ワインといえばやはり自国のものを選びたがる。もちろん例外的なフレンチ嗜好、フランスワイン愛飲者も存在するが、それは稀な話で、ワインリストを日本のそれと比較しても、フランスの占める割合はぐっと少ない。しかし、「泡」となると状況は一変する。自分のレストランでの経験と照らし合わせてみても、ワインリストの上においては、シャンパーニュの方がスプマンテの数を上回る。実際に飲まれる量はスプマンテの方が多いにしても、である。なぜ、シャンパーニュでなければならないのだろうか?イタリアでのレストランでのサービスの経験と観察をもとに、分析してみたい。
まず第一に考えられるのは、「シャンパーニュ」の持つブランドイメージだ。隣国と言えども、イタリア人にとって、フランスは近くて遠い国。シャンパーニュという言葉の持つ語感からして、なにやらイタリア語には無い異国情緒が漂い、特別感がある。そして、高級感と憧れ。イタリアとフランスの芸術に異なった雰囲気があるように、ソリッドな色で勝負するよりも、フランスにはニュアンスの複雑さをみせ、曖昧さを楽しむようなところがある。それは、イタリア人の五感には神秘的に感じられるのかもしれない。
次に、イタリア人の重んじる、「伝統と歴史」という美点をシャンパーニュは悠々とクリアしている。イタリアの泡もので質を語るには外せないフランチャコルタでさえも、その歴史は浅く、1980年代程にしか歴史を遡れないワイナリーが多い。普通に17、8世紀のエピソードが語られるシャンパーニュとは、歴史の重みが全く異なる。ここでは、いくらお国自慢のイタリア人でも、シャンパーニュの歴史と、そこから偶然と努力の結果生まれた醸造の科学にリスペクト、敬意をはらうしかない。
最後に、これは第二のポイントから派生するものだが、ヴィンテージの素晴らしさへの素直な敬服と感嘆である。長い間の習慣で、イタリアの泡はねかせて飲むようなものではなかった。近年になり、長期熟成に耐えうる泡も作られているが、80年代のものが出回るのは稀だし、それならば安心と信頼のおける、シャンパーニュを選ぶのが無難なところだろう。熟成によるふくよかさに本来は敏感なイタリア人が、ヴィンテージシャンパーニュを好まないはずがない。そして、レストランにおいては、そういったヴィンテージを所有し、ワインリストというショーケースの中に陳列することで、プレミアム感を出すことができる。
簡単に述べすぎてはいるが、以上がイタリアのレストランにおいて高品質なフランチャコルタ、ヴェネト、トレントをさしおいてシャンパーニュがワインリスト上のシェアの過半数を占める理由だと思う。そして自分もやはり、イタリアのレストランでワインリストを作るとき、シャンパーニュを外すことは決してできない。